横山裕の生い立ちとは?母親の死因と父親の離婚!義父との関係は?

2025年現在も、SUPER EIGHT(旧・関ジャニ∞)のメンバーとして第一線で活躍する横山裕(よこやま・ゆう)さん。その明るいキャラクターや落ち着いたトーク力、俳優としての表現力に多くのファンが魅了されています。

一見華やかに見える彼の人生ですが、その裏には並々ならぬ苦労や、胸が締めつけられるような過去がありました。この記事では、彼の壮絶な生い立ち、複雑な家庭環境、母親との深い絆、そして義父との確執について深く掘り下げます。


幼少期:両親の離婚と心の傷

横山裕さんが3歳の頃、両親は離婚しました。離婚の現場は幼い彼の記憶に深く刻まれており、両親が車の中で話していた様子まで鮮明に覚えていると語っています。

離婚後は母親のもとに引き取られたものの、当時は母親が多忙だったことから、同じ団地内に住んでいた祖父母に預けられて育つ日々が始まります。母親の愛情に飢えていた幼い彼にとって、祖父母の存在はまさに救いの手だったのかもしれません。


再婚と義父との複雑な関係

5歳のとき、母親が再婚し、新たな“父”が家に加わることになります。義父は彼に対し、「今日から“お父さん”と呼びなさい」と命じましたが、横山さんはなかなかそう呼べなかったといいます。

その結果、義父から暴力を受けたこともあったという衝撃的なエピソードも。木の棒で叩かれた経験を持つ横山さんは、長年にわたり義父に対して“距離”を持って接していたことがわかります。

一方で、母親と義父との間には弟が2人誕生しました。横山さんとは父親が異なる兄弟ですが、彼は彼らに深い愛情を注ぎます。


義父との生活から再び祖父母のもとへ

義父との関係がうまくいかず、しばらくは祖父母と離れて暮らしていた横山さん。しかし、小学校高学年の頃、祖父が病に倒れたことをきっかけに、再び母親・義父・弟たちと同居することになります。

とはいえ、義父との関係は改善されることなく、心の距離は縮まりませんでした。

「叱られるたびに、“自分の本当の父親じゃないからだ”と感じていた」
という彼の言葉には、幼い頃に感じた理不尽さや孤独がにじんでいます。


中学生でジャニーズ入り、働きながら夢を追う

彼の転機は、中学3年生のとき。母親が彼の写真と履歴書をジャニーズ事務所に送ったことがきっかけでした。

オーディションに合格し、晴れてジャニーズJr.に所属。しかし、家庭の事情から高校へは進学せず建設会社に就職し、日中は現場仕事、夜はジャニーズのレッスンという二重生活を送り始めます。

当時、現場作業着のままテレビ局に向かい、スタッフに注意された経験もあるそうです。それほどまでに「生活のために働く」と「芸能界で成功する」という2つの思いを抱えながら、必死に走り続けていました。


母親との深い絆と悲しい別れ

横山さんが23歳で関ジャニ∞としてデビューしてから間もなく、母親が癌と診断されます。

このことが原因で、母親と義父は離婚。母親の病状が進行するなかで、生活がままならなくなり、弟たちは一時的に施設へ預けられるという苦しい決断も下されました。

それでも横山さんは、「自分がしっかりしないと弟たちの人生が壊れてしまう」と語り、仕事と家族支援の両立を必死に行います。弟たちの学費、生活費はすべて横山さんが負担したとされ、その兄としての責任感は多くの人の胸を打ちます。


母の突然の死と、それでも舞台に立ったプロ意識

横山さんが29歳のとき、母親は買い物中に倒れて帰らぬ人となります。死因は「虚血性心疾患」。あまりに突然の別れでした。

そのとき彼は青森県でソロコンサートの真っ最中。スタッフからは中止を提案されましたが、彼はそれを断ります。

「お母さんなら、僕がステージに立つことを望んでいると思う」

そう話し、涙をこらえながら母親のために書いた楽曲『オニギシ』を熱唱した横山さんの姿は、観客の心を深く揺さぶりました。


弟たちとの“家族再構築”とその後

母親を亡くした後、彼は2人の弟とともに大阪での共同生活を始めます。上の弟は母親の死のショックで一時的に記憶喪失となり、日常生活にも支障をきたす状態だったといいます。

そんな弟を支え続けたのも、やはり横山さんでした。仕事の合間を縫って旅行や外出に連れ出し、徐々に記憶を取り戻していったとのこと。

現在、次男は結婚し家庭を持ち、三男は税理士として独立。兄の存在がなければ、2人がここまで自立できたかどうかはわかりません。


本名の「横山」は義父の姓──それでも変えなかった理由

横山裕さんの「横山」という名字は、実は実父のものではなく、母親の再婚相手=義父の姓です。関係性が良好でなかったにも関わらず、あえてその名字で活動を続けていることに、何かしらの想いがあるのかもしれません。

おそらく、“横山”という名前が弟たちとの唯一の共通点であり、絆であると感じていたのではないかとも推察されます。


まとめ:壮絶な過去が生んだ“芯のある優しさ”

横山裕さんのこれまでの人生は、華やかな芸能生活の裏に、誰もが耐えきれるとは思えないような現実がありました。両親の離婚、義父との確執、母親の死、弟たちとの別れと再会…。

それでも彼は折れず、逃げず、誰かのために生き続けてきた。その姿はまさに“無言の優しさ”を体現しています。

現在もなお、彼はエンターテインメントを通じて人々に笑顔と感動を届けています。その根底にあるのは、**「家族を守る」「誰かの力になりたい」**というブレない信念に他なりません。

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