2025年9月、女子バレーボール界を支えてきた名指導者・丸山貴也(まるやま たかなり)さんが逝去されました。
享年63歳、長きにわたり日本のバレー界に貢献してきたその人生は、選手・監督としてだけでなく、家族との深い絆のなかでも実に豊かなものでした。
特に話題となったのは、ロサンゼルス五輪銅メダリストの妻・由美さん、そしてビーチバレー選手として活躍する娘・紗季さんとの「三位一体のバレー人生」です。
本記事では、丸山貴也さんの死因や病名(癌の種類)、妻との結婚秘話や家族構成、子供との関係性、指導者としての軌跡について、自然な言い換えを使いながら詳しくご紹介します。
◆ 訃報:丸山貴也さん、63歳で死去【病気と死因】
2025年9月21日、丸山貴也さんが癌のために亡くなられたことが、各メディアにより報じられました。
所属先である江戸川大学や、かつて指導にあたっていた関係者たちからは、深い哀悼の意が寄せられています。
● 病名や部位は?
報道によると、がんが発見されたのは同年8月14日。
発見からわずか1か月ほどで亡くなったことから、進行が極めて早かった、あるいは発見時にはすでに末期だった可能性が高いと考えられます。
現時点で癌の種類や発症部位については詳細な情報は公開されていません。
ご家族の意向による非公開である可能性があり、憶測ではなく、公式な発表を待ちたいところです。
なお、入院は9月3日からだったことが確認されており、最期の瞬間までご家族に見守られていたことがうかがえます。
◆ 妻・丸山由美さんとの結婚と夫婦の関係
丸山貴也さんの妻は、バレーボールファンなら誰もが知る存在、丸山由美(旧姓:江上)さん。
1984年のロサンゼルス五輪にて日本代表キャプテンとして銅メダルを獲得した名プレーヤーです。
● 二人の馴れ初めと結婚
2人が出会ったのは、同じバレーボール業界内。
丸山由美さんが小田急で監督に就任した1986年、丸山貴也さんも指導者として活動していたタイミングでした。
同じチームでの関わりが深まり、自然と結婚に至ったようです。
● 「夫婦であり、親友でもあった」
由美さんは、夫の死後、スポーツ報知の取材でこう語っています。
「彼はどのチームでも本当に一生懸命頑張ってくれました。私にとっては夫であり、親友でもありました」
夫婦として支え合い、時に競技者として、また同じ志を持つ同士として、互いを高め合ってきた様子がうかがえます。
◆ 子供は何人?娘・紗季さんはビーチバレー選手!
丸山夫妻には少なくとも2人の娘がいることがわかっています。
そのうちの1人が、ビーチバレーボールで活躍中の丸山紗季(まるやま さき)さんです。
● 紗季さんは次女!元Vリーグ選手→ビーチバレーへ転向
丸山紗季さんは1991年生まれ、元インドアバレー選手。
大学卒業後、KUROBEアクアフェアリーズに入団し、キャプテンも務めました。
2021年には現役を引退し、2022年からはビーチバレーに転向しています。
● 実の父と「監督と選手」の関係でもあった
なんと、紗季さんが所属していたKUROBEの監督が父・貴也さんだった時期がありました。
家庭内では親子、コートの上では監督と選手というユニークな関係性で注目を集めました。
● 婚約・結婚も話題に
2023年1月には、Bリーグの試合会場で紗季さんが公開プロポーズを受け、結婚に至ったことも報じられています。
家庭内に、再び新しい“家族の輪”が広がったタイミングでの父の死は、本人にとって非常に大きな出来事だったことでしょう。
◆ 丸山貴也の指導歴・経歴まとめ
指導者としての丸山さんは、実業団から大学まで幅広く活躍した名コーチです。
● 筑波大学で選手→日立でコーチへ
学生時代は筑波大学バレー部に所属。
その後、日立のコーチとして本格的に指導者の道を歩み始めます。
● 小田急、KUROBEなどを指導
- 小田急:妻・由美さんとともにチームを牽引
- KUROBEアクアフェアリーズ:娘・紗季さんと同じチームで監督に就任
- 江戸川大学:2023年から監督を務め、大学バレーの育成にも尽力
● 最期まで「現場に立ち続けた指導者」
体調が悪化する直前まで、丸山さんは関東大学リーグ2部の江戸川大学で指導にあたっていました。
妻・由美さんもコーチとして在籍しており、まさに夫婦一体で若手育成に情熱を注いでいたことがわかります。
◆ 選手たちからの涙:指導者・丸山貴也の影響力
丸山さんが亡くなった9月21日、江戸川大学のチームは都留文科大学と試合を行い、見事勝利。
その勝利の背景には、夏場の厳しいトレーニングがあったといいます。
● 最後の“教え”が選手たちを勝利に導いた
この日、試合後に丸山さんの訃報が選手たちに伝えられると、全員が号泣。
コーチの横野有紀さんは「彼の指導が今日の勝因だった」と述べており、まさに最後まで選手に力を与え続けた存在でした。
◆ まとめ|丸山貴也さんの“家族とバレーに捧げた人生”
丸山貴也さんは、バレーボールという競技を通して、家族・選手・指導者としての人生を一体化させた稀有な存在でした。
記事のまとめポイント
- 死因は「がん」だが、部位や種類は非公表
- 発見からわずか1か月での急逝
- 妻はロス五輪銅メダリストの丸山由美さん
- 次女・紗季さんはビーチバレー選手で、指導も受けていた
- 晩年まで大学で指導を続け、選手たちの記憶に刻まれた
人生をまるごとスポーツと家族に捧げた丸山貴也さんの功績は、これからも多くの人々の記憶に生き続けることでしょう。
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