2025年12月27日、長年にわたりテレビ・映画・舞台で活動してきた俳優・剛州(ごうしゅう)さんが膵臓がんのためこの世を去りました。享年69歳。所属事務所「浅井企画」が2026年1月5日に訃報を公表したことで、このニュースは多くのファンや芸能関係者の胸に深く響きました。
本記事では、剛州さんのこれまでの芸能人生、学歴・経歴の歩み、そしてあまり語られることのなかった家族についての情報を、丁寧に整理して紹介します。
■ 剛州さんとは何者だったのか?プロフィールまとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 本名 | 河村 剛州(かわむら たけくに) |
| 生年月日 | 1956年9月24日 |
| 出身地 | 山口県下関市 |
| 最終学歴 | 立正大学 経済学部 卒業 |
| 所属事務所 | 浅井企画 |
| 死因 | 膵臓がん(2025年12月27日逝去) |
俳優・タレントとして独自の立ち位置を築いた剛州さんは、業界内では“楽屋芸人”としても知られていました。その一方で、舞台や映像作品ではインパクトある脇役を演じ、多くの視聴者の記憶に残る存在でもありました。
■ 幼少期から大学まで:山口県下関でのルーツと学び
剛州さんは山口県下関市で誕生し、地元の早鞆高等学校を卒業。その後、東京都内にある立正大学経済学部に進学します。
経済学を学んでいた彼がなぜ芸能界に進んだのか。その理由は、大学卒業と同時に師匠・坂上二郎さんの内弟子として芸能界へ飛び込んだからです。
■ 坂上二郎の付き人時代〜“楽屋芸人”と呼ばれるまで
卒業後は約3年にわたり、坂上二郎さんの下で修業。タレントとしての基礎を身に付け、やがてテレビ・舞台・映画へと活動の幅を広げていきました。
とはいえ、派手な主演歴が多かったわけではなく、本人もセリフを噛んでしまうなど“本番に弱い”側面があり、収録が長引くこともしばしば。それでも関係者の間では、**裏方では抜群の存在感を放つ“楽屋芸人”**として高く評価されていました。
こうしたギャップが、かえって彼の人間的な魅力を際立たせていたのかもしれません。
■ 松田優作との深い縁:圧倒されて動けなかったあの夜
同郷出身の松田優作さんとは、長年にわたり親交がありました。特に印象的なエピソードとして知られるのが、ある居酒屋での出来事です。
松田さんが熱く役者論を語り続ける中、周囲の役者仲間たちが次々に席を立つ中、剛州さんだけが残って聞き続けていたといいます。表面上は“熱心に話を聞いていた”ようにも見えましたが、実はその迫力に圧倒され、動けなくなっていただけという逸話も語られています。
この一件がきっかけで、松田さんとの関係が深まり、彼の初監督作品『ア・ホーマンス』(1986年公開)などにも出演を果たしました。
■ 幅広い出演作と特異なキャラクター
剛州さんは、大河ドラマ『新選組!』の平間重助役や、人気特撮シリーズ『仮面ライダーオーズ』への出演など、多彩なジャンルで活動しました。
舞台では、関根勤さんが座長を務める『カンコンキンシアター』に長年出演。下ネタも辞さないダジャレ芸を武器に、独特のポジションを築きました。
テレビや映画だけでなく、音楽活動にも取り組んでおり、2005年には「TOKISOBA」、2006年には「ジンギスカン」でメジャーデビュー。これらの楽曲はラジオでも注目を集めました。
■ 晩年の出演作と静かな幕引き
晩年には映画『ゴジラ-1.0』(2023年)、NHK夜ドラ『ひらやすみ』などに出演。2025年11〜12月に放送された同作では、中華料理店の店主役を演じ、その飾らない演技が視聴者の心に残りました。
最期の出演となったこの作品は、死去後の2026年1月2日に再放送され、彼の演技に再び注目が集まったのです。
葬儀は家族の希望で近親者のみで執り行われ、芸能人らしい“派手な葬儀”ではなく、静かに幕を閉じた人生でした。
■ 死因は「膵臓がん」 静かなる闘病の影
浅井企画の公式発表によれば、剛州さんは膵臓がんのため亡くなりました。
膵臓がんは「沈黙のがん」とも呼ばれ、自覚症状が出にくく、発見時にはすでに進行していることが多いといわれています。具体的な闘病期間や治療歴は明らかにされていませんが、本人・遺族の意向により、闘病を公表せずに静かに過ごしていたことがうかがえます。
■ 結婚・妻・子どもについての情報は?
剛州さんのプライベートについては、公式に語られることが少なく、結婚や家族構成に関する具体的な情報も公表されていません。
ただし、葬儀が「近親者のみ」で行われた点からも、配偶者や家族がいた可能性は否定できません。しかしながら、それらはあくまで推測にすぎず、断定する材料は存在していません。
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■ 剛州さんの“人柄”が垣間見えるエピソード
・坂上二郎さんの付き人として3年超、真面目に修行を重ねた
・出演現場では失敗も多かったが、楽屋では話芸や機転に定評
・周囲の芸人や俳優に親しまれる“いじられキャラ”としての一面
・催眠術特番などでは“かかりやすい人”として定番出演
・“不器用な芸人”という評価が、逆に愛された理由
■ 締めくくりに:表には出にくかった「実力派」
剛州さんは、決してテレビの中心に立つ華やかなスターではありませんでした。しかしその分、現場や舞台裏で信頼される職人肌のタレントとして、業界人にとっては忘れられない存在でした。
脚光を浴びる機会は限られていたものの、彼の放った“ひと言”や“存在感”は、同時代を生きた視聴者・関係者の記憶に確かに刻まれています。
■ ご冥福をお祈りします
69年間にわたり、不器用ながらも愚直に生きた剛州さん。表舞台よりも、舞台裏や“その人となり”が深く愛された俳優でした。安らかにお眠りください。

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