【橋下徹(弁護士)】2005年サンジャポ降板レッドカード発言(失言)とは?何した?

かつて“茶髪にサングラス”という異色の弁護士としてテレビ界に旋風を巻き起こした橋下徹さん。

今でこそ元大阪府知事・大阪市長としての政治的功績が知られていますが、その一方で、2005年に「サンデー・ジャポン」(TBS系)を突然降板するという異例の事態がありました。

一体、何が原因で“レッドカード”となったのか?

当時の発言内容と、その後の展開について改めて振り返ってみましょう。


「買春=ODA」発言が大炎上

2005年、当時のサンジャポで話題に上がったのは、日本の一部企業が中国を訪問する際に組み込んでいた“買春ツアー”の問題。

この社会問題について、橋下徹さんが番組内で述べたコメントが物議を醸すことになります。

彼の発言は——

「日本人による買春は中国へのODA(政府開発援助)みたいなもの」

というものでした。

一見すると、ジョークか比喩のようにも聞こえますが、これは明らかに不適切でした。

橋下さん自身も、後のインタビューで「アウトでしたね」と苦笑交じりに語っており、まさに自覚していたようです。


発言の意図と背景:問題提起が裏目に

橋下さんはこの発言について、「現地の女性が買春によって生活を成り立たせている」という経済的側面を、あくまで問題提起として伝えたかったと説明しています。

ただし、いかに“意図”があったとしても、「ODA」という公的な国際援助の比喩に使ってしまったことで、視聴者にとっては“買春を正当化する発言”と受け取られてしまいました。

この辺りは、「火に油を注ぐ表現」の典型とも言えるでしょう。

言葉選びひとつで、善意も誤解に変わるという事例でした。


すでに“イエローカード”だった過去

実はこの発言以前にも、橋下さんは番組内で“危うい発言”をしていたとされ、スタッフから“イエローカード”を受けていたといいます。

つまり、この「ODA発言」が“2枚目のカード”となり、結果的に自ら「降板」を選択することになります。

しかもその決意表明は、なんと生放送中

ひな壇から前に出て、突然「今日で番組やめます」と発表するという“サプライズ降板劇”でした。

その衝撃は、共演者やスタッフにとっても予想外だったようで、急きょCMが挿入され、スタジオは一時騒然となったそうです。


その後の関係:爆笑問題との“意外な縁”

一連の騒動を経て、橋下さんはテレビから一時距離を置きますが、その後、爆笑問題の所属事務所「タイタン」の顧問弁護士に就任することに。

降板原因となった現場で出会った太田光代社長との縁がきっかけだったとか。

まさに「災い転じて福となす」例でしょう。

これをきっかけに、彼のフィールドはテレビから政治、そして社会評論へと大きく広がっていきます。


2024年、19年ぶりの“出戻り”

そしてなんと、約19年後の2024年、橋下さんは「サンジャポ」にゲストとして再登場。司会の太田光さんから、

「あなたはレッドカードで退場したはずじゃないですか。どの面下げてここに座ってるんですか!」

とツッコミを受け、スタジオに爆笑が巻き起こります。

橋下さんも「もう皆さん忘れてますよね」と軽く笑いながら返すなど、当時の緊張感とは裏腹に、今では“笑い話”として昇華されています。


あの発言から学べること

「一言で人生が変わる」と言いますが、まさにそれを体現したエピソード。

言葉は、伝える道具であると同時に、刃にもなり得る。

ましてや、公共の電波を通じて発する言葉には、それ相応の責任が伴います。

橋下さんのように、鋭く切り込む発信力を持つ人こそ、その“切れ味”の使い方には慎重であるべきでしょう。


まとめ

2005年の「レッドカード降板事件」は、橋下徹さんにとって黒歴史とも言える出来事かもしれませんが、そこから逃げずに謝罪し、転じて新たな活動に繋げたことは評価すべき点です。

たとえば将棋で“王手飛車取り”のようなピンチが訪れても、その一手が後の勝負を決定づける“妙手”に変わることもあります。

人生もまた、同じかもしれません。

今や政治評論家として影響力を持つ彼の言葉が、今後も“正しく届く”ことを願いたいですね。

コメント

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました