【死因・病気】伊藤智生(TOHJIRO)の結婚や妻(嫁)・子供など家族構成!
「TOHJIRO」の名義でも知られる映画監督・伊藤智生さんが、2026年7月17日に亡くなりました。
訃報を公表したのは、伊藤さんの妻で女優の朝岡実嶺さんです。朝岡さんは7月21日にXを更新し、夫が旅立ったことや、本人の意向により葬儀を近親者だけで執り行ったことを報告しました。
伊藤さんは2025年にステージ4の肺がんと診断され、闘病を続けながら映画「StageⅣ」を制作していました。亡くなる直前まで映画に情熱を注いでいたことから、ファンや映画関係者の間に悲しみが広がっています。
この記事では、伊藤智生さんの死因や病気、妻・朝岡実嶺さんとの関係、子供を含む家族構成、映画監督としての経歴について整理します。
伊藤智生さんが2026年7月17日に死去
伊藤智生さんは2026年7月17日に亡くなりました。
妻の朝岡実嶺さんは、伊藤さんが豪快に笑う姿を収めた写真とともに訃報を発表。伊藤さんの人生が多くの応援と仲間に恵まれた幸せなものだったとして、これまで支えてくれた人々へ感謝を伝えています。
葬儀については、故人の希望に従って近親者のみで営まれました。一般向けのお別れ会や追悼行事については、現時点で発表されていません。
突然の報告となりましたが、葬儀を終えてから公表した背景には、まず家族や身近な関係者だけで静かに見送りたいという意向があったのでしょう。
伊藤智生さんの死因は?
伊藤智生さんの直接的な死因について、朝岡実嶺さんの訃報では明らかにされていません。
そのため、医学的に確認された最終的な死因は現時点で非公表です。
一方、伊藤さんがステージ4の肺がんで闘病していたことは、本人と朝岡さんが生前に公表していました。映画「StageⅣ」の制作プロジェクトでは、肺がんが脳へ転移していたことも説明されています。
この経緯から、肺がんとの闘病中に亡くなったことは確認できますが、「死因は肺がんだった」と遺族が正式に断定したわけではありません。
したがって、現段階では「ステージ4の肺がんで療養していたが、直接的な死因は公表されていない」とするのが正確です。
病気はステージ4の肺がん
伊藤智生さんは2025年3月、ステージ4の肺がんと診断されたと公表していました。
ステージ4は、がんが発生した肺だけにとどまらず、離れた臓器や組織にも広がっている状態を示します。伊藤さんの場合は、映画制作プロジェクトの説明で脳への転移があったことも明かされています。
診断を受けた伊藤さんは大きな動揺を抱えながらも、朝岡さんの支えを受けて治療と生活を続けました。
朝岡さんは食事面にも気を配り、回復を信じて夫を支えたとされています。闘病中には意見がぶつかることもあったようですが、夫婦は現実から目をそらさず、一緒に病気と向き合いました。
病状が進行する中、伊藤さんは闘病の記録を書き始めます。その文章がやがて脚本となり、映画「StageⅣ」の制作へつながりました。
闘病生活を映画「StageⅣ」に残す
伊藤智生さんが最期に取り組んだ作品が、映画「StageⅣ」です。
作品は、ステージ4の肺がんと診断された映画監督と、その夫を支える妻の実体験をもとにしています。
伊藤さんは監督を務めるだけでなく、自ら出演。妻の朝岡実嶺さんも主演し、夫婦が経験した葛藤や愛情、生きることへの思いを映画へ刻みました。
2026年6月26日には、東京のテアトル新宿で特別完成試写会が開かれています。映画「ゴンドラ」以来、約40年ぶりとなる長編監督作として紹介されました。
伊藤さんは生前、最後に大好きな映画制作へ没頭できたことへの喜びを発信していました。
病気を公表するだけではなく、残された時間で一つの作品を完成させようとした姿から、映画監督としての強い執念がうかがえます。
伊藤智生さんの妻は朝岡実嶺
伊藤智生さんの妻は、女優の朝岡実嶺さんです。
朝岡さんは1990年代を中心に活躍し、映画やオリジナルビデオなど幅広い作品へ出演しました。
伊藤さんの訃報は朝岡さんが「妻」として公表しており、闘病中も夫に寄り添い続けたことが明らかになっています。
2人が夫婦であることは、映画「StageⅣ」の発表を通じて広く知られるようになりました。制作側も、同作を伊藤監督と妻・朝岡さんの実話に基づく夫婦の物語として紹介しています。
伊藤さんにとって朝岡さんは、生活をともにする伴侶であると同時に、最後の作品を一緒に作り上げる表現者でもありました。
妻・朝岡実嶺との馴れ初めは?
伊藤智生さんと朝岡実嶺さんの詳しい馴れ初めは、広く公表されていません。
ただし、2人には30年以上にわたるつながりがあったとされています。
映画「StageⅣ」の紹介では、伊藤さんが約35年前に朝岡さんへ「一緒に映画を撮りたい」という約束をしていたことが明かされました。
朝岡さんは女優、伊藤さんは映画・映像制作に携わっていたため、仕事を通じて知り合った可能性があります。しかし、最初に出会った作品や交際が始まった時期については確認されていません。
また、婚姻届を提出した時期や結婚式を挙げたかどうかも公表されていません。
長い年月を経て、若いころに交わした映画制作の約束を闘病中に実現させたことが、2人の関係を象徴するエピソードとなっています。
朝岡実嶺が闘病を支えた
伊藤さんが肺がんの告知を受けた後、朝岡さんは夫の回復を信じ、生活面から支えていました。
映画「StageⅣ」は単なる闘病記録ではなく、病気を抱える本人と、それを支える家族の両方の視点を描いた作品です。
治療への向き合い方や食生活をめぐり、夫婦の意見が合わない場面もあったとされています。しかし、衝突しながらも同じ時間を生き、最後には共同で映画を完成させました。
朝岡さんが訃報に添えた写真には、深刻な闘病生活だけではなく、豪快に笑う伊藤さんの姿が選ばれています。
夫を病気だけで記憶してほしくないという思いもあったのかもしれません。
伊藤智生さんに子供はいる?
伊藤智生さんと朝岡実嶺さんの間に子供がいるかどうかは、公表されていません。
映画の紹介や訃報でも、息子や娘に関する記述は確認されていませんでした。
葬儀が近親者のみで行われたことは発表されていますが、その中に子供が含まれていたかは分かりません。
情報が公開されていないからといって、子供がいないと断定することもできません。家族が一般人であれば、プライバシー保護のために存在や氏名を明かしていない可能性があります。
現時点で確認できる家族構成は、妻が朝岡実嶺さんであることまでです。
前妻や再婚の情報は?
伊藤智生さんに朝岡実嶺さん以外の結婚歴があったかどうかも、明らかになっていません。
前妻や離婚歴、再婚だったとする確かな情報は確認できませんでした。
伊藤さんは作品制作や業界に対する考えを積極的に発信していましたが、私生活の詳細については多くを語っていなかったようです。
したがって、朝岡さんとの結婚が初婚だったのか、過去に別の家庭があったのかは不明です。
根拠のない人物を元妻や親族として結び付けることは避ける必要があります。
伊藤智生さんのプロフィール
伊藤智生さんは1956年に東京都で生まれました。
高校生のころから映画や映像制作への思いが強く、円谷プロダクションを訪れて仕事を希望したとされています。その熱意が認められ、美術部門で働く経験を得ました。
その後、横浜放送映画専門学院で映画制作を学び、映像の世界へ進みます。
1987年に制作した長編映画「ゴンドラ」は翌年に劇場公開され、国内外で高い評価を受けました。伊藤さんは同作でヨコハマ映画祭の新人監督賞を受賞したとされています。
しかし、その後は一般映画だけにとどまらず、成人向け映像の世界へ活動の軸を移していきました。
TOHJIROとしてAV業界で活躍
伊藤智生さんは1989年ごろから成人向け映像作品を手がけ、「TOHJIRO」の名義で活動しました。
2001年には映像メーカー「Dogma(ドグマ)」を設立。独自のテーマや演出を前面に出した作品を制作し、成人向け映像業界で強い存在感を示しました。
作風には賛否がありましたが、既存の企画や表現に収まらず、自らの美学を追求する監督として知られています。
一般映画と成人向け映像は異なる分野ですが、伊藤さんにとっては、どちらも人間の欲望や感情を映像で表現する仕事だったのでしょう。
長年「TOHJIRO」として活動してきたため、本名よりも監督名で知るファンも少なくありません。
「ゴンドラ」から約40年後の監督第2作
伊藤さんの一般映画における代表作「ゴンドラ」は、少女とビルの窓を清掃する青年との交流を描いた作品です。
商業的な話題性だけを狙うのではなく、人間の孤独やつながりを丁寧に映した作品として、長く支持されてきました。
その伊藤さんが約40年の時を経て取り組んだ長編監督作が「StageⅣ」でした。
若いころの作品がフィクションを通じて人間の孤独を描いたのに対し、最後の作品では、自身と妻が直面した病気や愛情を題材にしています。
監督人生の出発点と終着点が、どちらも人間の生と孤独に深く向き合う作品になった点は象徴的です。
最期まで映画監督として生きた
伊藤智生さんは、病状が進行する中でも映画制作を諦めませんでした。
闘病記録から脚本を作り、自ら出演し、妻とともに撮影を進めています。
体力的にも精神的にも厳しい状況だったと考えられますが、伊藤さんにとって映画を作ることは、人生そのものだったのでしょう。
亡くなる約3週間前には「StageⅣ」の特別試写会も実現しました。
最後に作品を観客へ届ける機会を持てたことは、伊藤さんにとって大きな意味があったはずです。
映画は今後も残り続け、伊藤さんが闘病中に何を感じ、妻とどのように生きたのかを伝えていくことになります。
まとめ
映画監督で「TOHJIRO」としても活躍した伊藤智生さんは、2026年7月17日に亡くなりました。
妻の朝岡実嶺さんが7月21日に訃報を公表し、葬儀は伊藤さんの希望により近親者だけで執り行われています。
伊藤さんは2025年3月にステージ4の肺がんと診断され、その後、脳への転移も明らかになっていました。
ただし、遺族は直接的な死因を発表していないため、正式には「肺がんで闘病中だったが、死因の詳細は非公表」となります。
妻は女優の朝岡実嶺さんです。2人は30年以上前からつながりがあり、最後には夫婦の闘病経験をもとにした映画「StageⅣ」を共同で完成させました。
子供の有無、結婚した時期、前妻や再婚歴などは公表されていません。
一般映画「ゴンドラ」から成人向け映像の「TOHJIRO」、そして最後の監督作「StageⅣ」まで、伊藤智生さんは独自の映像表現を追い続けました。
病気の中でも映画を作ることを選んだ生き方と、妻と完成させた最後の作品は、今後も多くの人の記憶に残り続けるでしょう。

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